かつての日本の子どもたち

不登校でもOK・新潟中央学院

身のこなしが美しい?
「日本の子どもは美しい」と評されたのははるか昔の話、です。
体に無理がかからない美しい歩き方ができない。
体を楽器として使う声の出し方ができない。



人前で話せと言われると、手を前で組んだり後ろで組んだり、指で頭をかいたりして、手持ちぶさたになる。
型がないから、身の置き所がないのです。 身体の使い方だけでなく、考え方にも型がない。
型がないから、「これでいい」という自信も実感も得られないのです。
美しい「型」を身につけよう



「守破離」という言葉があります。
まずは教えを守って型を身につけ、
次にその型を破ってアレンジする創意工夫の段階に移り、
やがて既存の型から離れて自分自身の型を作り出す境地に至るのです。

ところが、現代人は「守」の段階がないまま、「破」を強いられています。
歩き方や声の出し方、男性の選び方、潜在意識の活用法なんて、基本を教わったこともないでしょう?

にもかかわらず「自由にやればいいんだよ。自分のやり方でやってごらん」と要求される。

そんなこと言われても、無理に決まっています。
アレンジしようにも、元になる型がないのですから。
「守破離」の段階をちゃんと踏んでいないのですから。 まずは「型」をしっかり身につけてほしいからです。


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